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関 研究室発信

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╂┘ 関研究室発信
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*『クーリッジ効果による老化防止?』
 第30代米国大統領カルヴィン・クーリッジとその夫人が田舎の鶏舎を視察した。そのとき,雄鶏と雌鶏が交尾しているのを目にとめ、夫人が「雄はどれくらいの回数をこなすのかと」農夫に質問した。「一日に何十回もだと」答えた。
 「そのことを夫に教えてあげてちょうだい」と夫人が言った。次に大統領が、鶏舎を訪れたとき、農夫が雄鶏の精力絶倫ぶりを話した。大統領はこう訪ねた。「それは、いつも同じ雌鶏を相手にしているのかね?」「いいえ」と農夫は答えた。「一回ごと違う相手ですが」それを聞いた大統領は、こういった。「そのことを妻に教えてやってくれ」新しい女性(男性)を目の前にして性的に興奮して、複数の女性(男性)との関係する意欲をかきたてられる現象を「クーリッジ効果」と呼ぶのは、このエピソードから来ている。クーリッジ効果は、哺乳動物全般に広く見られ現象である。ネズミ、羊、牛、サルなどのオスでこの効果は確認されている。ある実験では、雄牛のいる囲いの中に雌牛を入れ、交尾がすんだのち別の雌牛を入れ替えてみた。同じ雌牛をそのまま入れておくと雄牛の性的反応は急激に衰えていったが、新しい雌牛をいれた場合には、雄牛の反応は衰えることなく持続した。新しい雌牛を次々入れ替えた12頭めまで観察したが、最初の雌牛にたいする行動となんら変わらなかった。
 GDPの高い国では男性や女性にクーリッジ効果が作用することは万国共通の現象である。結婚後1年が経過するとセックスの頻度は最初の1ヶ月にくらべ約半分になり、その後も緩やかに低下していく。「夫や妻への欲望が衰えていくのは、ひとつの生物的適応であるという」
 最近の米国の既婚の男女8000人を対象にとした調査によれば男性の40%女性の36%が少なくとも一度は浮気をしたと答えている。ハイト・リポートは、実に男性の75%、女性の70%が不倫を行っているという。人間のクーリッジ効果は、先進国で正常に機能しているようである。精巣や卵巣を除去した哺乳動物には、クーリッジ効果は出現しないことが知られている。
結論:自分にクーリッジ効果が存在するかどうかによって、自分の精巣や卵巣が正常に機能しているかどうかを生物学的に判定する一つの指標として使えそうである。
参考資料:バス D.M著 狩野秀之訳(2000)「女と男のだましあい」草思社

*『運命と宿命』
 この世の中で変えられるものと変えれないものがある。変えられないものは、宿命である。あなたが日本人として生まれてきたこと。男あるいは女として生まれてきたこと。生まれる前に両親を選ぶことはできない。これらは、すべて宿命という。それ以外、自分が持っている選択の自由を発揮できるものは全て変えられる。
 これを運命という。運命とはめぐりあわせのことである。選択の自由があるものは全て運命が支配する。特に、他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられるのである。生きている限りにおいて、私たちの持つ運命は、自分でコントロールできるのである。運命の主人公は、自分自身である。決して他人が自分の運命を左右することはできない。縛られることもない。人生で、輝かしい運命を生みだすか、悲惨な運命を生みだすか全ては自分自身の選択の自由にまかされている。他人は、思い通りに動かないのが当たり前である。しかし、自分自身はいかようにも変えることができる。明日でも、今からでも、自分次第でいくらでも変えられる。なぜならば、自分自身を変えていく方がはるかに時間的にも早く結果を早く出せる。運命を手に入れるには、決してあきらめてはいけない。この世の中には、苦労して働いても、努力して頑張っても、ただ生活に追われるだけ、ただ食べるだけの人生を送っている人がいる。かといって、遊んでいるのか、仕事しているのかわからないが人生をエンジョイしながら、やることなすこと全て成功をつかんでいる人がいる。このように人生で、成功する人と成功できないひとがいる。この大きな違いは、運命というものを理解し、身につけたか、実際行動したか、いなかの違いである。親が金持ちで学歴が今以上あるなら俺だって成功しているはずだと、宿命や過去に対する文句ばかりいっている人には、不運な出来事ばかり起こるのである。この人を、一般的に不運な人という。例えば、将来を約束してくれるようなコネなどない。学歴はない。資格も持たない。事業を起こす資金もない。親が経営する会社もない。このような宿命のもとに生まれた人の未来は悲惨なのだろうか。このような人は、運命を理解し、身につけて、行動を起こせば人生をバラ色に変えることができるのである。運命を変えて幸運をつかむ方程式は、以下のようなものである。
 「成功=運命 X 能力 X やる気」能力ややる気は人それぞれある程度は、持っている。わからないのは、運命である。運命は、偶然に支配されている。偶然には、最悪な偶然、日常的な偶然、感動的な偶然、運命的な偶然がある。日々遭遇する色々な偶然をどれだけ把握(キャッチ)出来るかどうかがその人の運命の量を決めるのである。日常的な偶然とは、なかなか思い出せない名前を広告欄で同じ名前を見つけて偶然に思い出したりすることである。感動する偶然とは、キャンセル待ちの切符を長時間並んで待っていて最後の一枚を手に入れて飛行機の乗れたときのような感激をいう。運命的な偶然とは、本やテレビを見ていて人生を変えるような情報を入手しヒラメキを得て事業化し大成功したり、大発明につながったり、あるパーティでなんとなく紹介された人が独立時に大きな支援をしてくれる大スポンサーとなったようなことである。最悪の偶然は、常に自動車事故に遭遇するとか、スキーに行っていて雪崩に遭遇するとか、飛行機に乗っては事故に遭遇するとか、外国旅行では泥棒にあうとか、会社では不運な上司の下に配属されるなどである。
 結論:偶然という現象を理解し、身につけ、取捨選択できることが出来るように
なれば人生は幸運で満たされ、仕事も、恋愛も、ギャンブルも全て望み通りに成
果をあげることができる。関邦博21k0123

*『お金を儲ける権利』
 ほとんどの人は、幸せになりたい、もっと成功したい、もっともっとお金がほしいと望んでいます。このような、考えをもつことは、不純な欲望ではありません。なぜなら、江戸時代のように生まれながらにして身分が決められていた時代と価値観は変わりました。
 現在、私たち全ての日本人は誰も生まれながらにして富を得る平等の権利を持ているからです。お金のことをいうと不快感に感じるひとは、身分制度のあった江戸時代の清く貧しく美しくという価値観をいまだに引きずって生きていることになります。例えば、経済的に貧しくてもそれに甘んじなければならないとか、気高く生きることがお金より大切だと考えるとしたら、それこそ人類がおかしている最大の過ちです。多くの人々が貧乏なのは、運命だからしかたがないとあきらめています。貧乏な人々にとって夢と現実があまりにも違いすぎているからです。お金がないことが普通に思えてしまうのです。こんな大きな過ちに一日も早く気付くべきです。お金自体は、人を幸福にも不幸にもしません。お金について考えない人がいるからです。お金儲けと聞くと不安になるひと、富を築きあげるなんてとてもできないと決めつけているひと、今は勉強で忙しすぎてお金のことなんか考えている余裕がないと先延ばしする人がいます。お金儲けの法則を理解することは簡単です。それを実行に移すのがものすごく難しいです。お金儲けの法則は、過去も現在も未来も普遍不滅の公理が存在します。自然の法則です。実際に成功した人々はこの法則を忠実に実行してきた人達です。
以下のような法則が存在します。
結論;
1 お金儲けの途中で、不安で胸が一杯になるような仕事は成果も大きい。
2 銀行や郵便局にお金をあずけるだけでは、絶対にお金持ちにはなれない。
3 お金の半分は、実際の仕事に、残りは、アイデアやヒラメキに支払われる。
4 お金を汚いものだと思っている人は、お金持ちにはなれない。
5 借金(ローン)して物を絶対に買わない。
6 財布に「本当に必要なの?」と書いた紙をはる。
7 3日間で出来ないことは永久にできない。
8 問題を抱えているときこそいい仕事ができる。
9 自分の好きなことの周りにはビジネスチャンスがころがっている。
10 うまくいったことだけを日記に書く。
11 「何々してみる」ではなく「何々する」。
12 好きなことをする。
参考図書:ボード・シェーファー著(2001)「イヌが教えるお金持ちになるための知恵」瀬野訳 草思社 関邦博21k0207

*『偶然性』
 人生の未来は偶然性に左右されるということです。偶然性とは、思いがけないことです。この偶然性を自分の有利な方向に引き寄せるのは、勇気をもって真剣に全知全能をかけて挑戦する以外にないということでした。中途半端な心構えで物事をおこなうと偶然性は自分から逃げていくようです。自分の周りで偶然に起きることが50%以上自分に味方したときに成功といいます。関 邦博21k0105

*『アーユーハッピー』
 矢沢永吉が問いかける。あなたは幸福ですか。YESと答えられる人は、何人い
るでしょうか。矢沢永吉は、広島から夜逃げ同然で都会に出てきて裸一貫から日本一のロックミュージシャンになり、なおかつ現役を続けている男である。
 彼は、1987年オーストリアでビル含めた不動産を総額30億円で銀行から借り入れて購入し、ビルの管理運用を10年以上彼の下で働いていた2人の腹心の経理マンと金融マンに任せて経営していた。腹心の部下2人の詐欺行為が1998年1月発覚するまですべてを任せていた。彼らは、命がけで巧妙な仕掛けを作成していた。NASAがアポロを月にむけて打ち上げるような緻密さだった。コンデンサーひとつ故障しても地球には帰ってこれなくなるくらい注意して実行した。このような綿密な仕組みで、矢沢永吉の30億円の不動産を10年かけて巻き上げたのである。取引先の銀行のレターヘッドの手紙、支店長のサイン、銀行の毎月の収支報告書を全て偽造したのである。30億円盗むやつは、簡単にバレるような事はしない。バレると何年も刑務所に入らなければならなくなる。彼らの綿密な計画とどれだけ巧妙に隠ぺい工作をしたか。
 矢沢永吉の女房は、「あなた、狙われたらおしまいよ。周到に計画されたら防げない。命だって狙われたらおしまいよ。狙う人は、じっくりと計画を立てているのよ。」素人が不動産業なんかに手を出すから失敗するのだと批判を受けた。
 彼ら2人は、長い時間をかけて30億円の金を搾取した。これは、どんなに気をつけても防ぎきれない。オーストラリアの事件で30億円の借金が残ったが、勉強をさせてもらった。本当にいい経験をさせてもらった。というのが矢沢永吉の結論である。
 矢沢永吉のすばらしいところは、「なくしたものは何もない」ことに気付いたことである。心身とも無事、家族も無事、好きな歌も歌うことができる。結果的には何もなくしていなかったことに気付かせてくれたという。金をなくしても、物をなくしても、気持ちは失っていなかった。大事なのはそれだ。物なんて、いくら沢山あっても、あの世まで持って行けない。物は、人間が生きているときにいろいろなところに残していく糞尿のようなものであるという。負債の取立てはきつい。でも俺は、負けない。人生で、矢沢永吉と役を与えられたとおもった。ケッまくって生きることを学んだ。でかい口をあけて笑えるようになった。俺は、歌える。資金を返すのに何年かかるかなんて、そんなもの、たしたことない。死んだらほんとうにおしまいだよ。
 1980年代の日本のバブル経済、バブルITビジネスも経済官僚が数年かけて巧妙に緻密に仕組んだものかもしれない。そう考えると、次のバブルを作るために火星に人間を送り込むように緻密な仕組みを長い時間かけて経済官僚は作り上げていることになる。明日のバブルを作るために日夜緻密な計画を作っている経済官僚の姿が見えるようである。しかし、経済官僚は、詐欺、横領、私文書偽造、公文書偽造の罪には問われない。このように、バブル経済を予防・防止する方法をもたない一般庶民は甘んじて受けざると得ないことになる。では、何か方法はあるのだろうか。それは、矢沢永吉的な生き方がひとつの方法かもしれない。
 日本一の矢沢永吉は、誰のために生きているのか。答えは、簡単だよ。オレは、自分のために生きている。自分が気持ちよくなるために生きている。こんなわかりきったことを、今回の事件を経験して言えるようになったという。
結論:幸福だなと言えるのは、一日も早く誰からも奪われない技術(語学、芸、
友、技、学など)を身につけた時である。
矢沢永吉(2001)「アー・ユー・ハッピー」日経BP出版センター 関邦博21k0225

*『英語は本当に必要か』
 「英語は憧れの的、英語が出来る人はうらやましい、私も英語がひとつくらい出来るようになりたい」という、これほど損で馬鹿げた思いを普通の日本人は捨て
なければなりません。私の知る限りでは、一般庶民が日常的に外国語が出来るよ
うな国は、その国が国際的に弱者の立場にある証拠です。たとえば英語を公用語
にしている国、フィリピン、インド、ケニヤなど。どこの国でも、国民の一人一
人が日常的にペラペラいくつもの言語が出来るというのは、よっぽどその国民が
経済的に弱者なのです。一般的に貴族や経営者は、外国語はできません。金持ち
も外国語はできません。それは、外国語ができる人間を通訳や社員や召使なりと
して雇えばよいのです。ちなみに、アメリカの一般庶民は、ほとんど外国語はで
きません。一般の日本人が学校教育で英語を必須にしたのは、第二次世界大戦で
日本がアメリカに敗れ日本の主権が1945年から1951年まで地球上から消滅したか
らです。
 この間は、連合軍の占領下にあり日本人が外国に出る場合の身分証明書はOccupied Japanだったのです。この当時の後遺症は、いまも沢山残っています。それが、英語の問題です。現在の日本は、正式な独立国です。インドやフィリピンのように日常的に英語ができなければ司法、行政、企業が機能しない国ではありません。
一生朝から晩まで英語を勉強して英米人と同じようにならなければということを
 本気で思っている日本人は、一生幸福になれません。日本で生活する上で、英語を使いこなせるように普通の人がなっても日常生活に英語はまったく必要としません。普通の人が英語を一時使えるようになってもすぐ忘れてしまいます。
 日本国民が、英語ができないため国が貧乏で悲惨な状況であるというのなら別ですが、日本は世界で一番豊かな、最も長生きできるという世界一ばかりの国に住んでいます。日本語を使っている限りにおいてマイナス面はなにもありません。日本国民のほとんどは日本語だけで朝から晩まで一生の間、用がすむからです。
 英語を必要とする人は、日本でも特殊な人で、外交官、国際記者、政治家、国際ビジネスマン、研究員、学者などです。英語を日常的に使う人や英語が出来なければメシを食べていけない人だけが英語を学ばよいのです。
 外国語を外国人と同じように話せるようになるには、外国で生まれ育たなければなりません。外国で幼年時代を過ごしただけではだめです。帰国してみると発音はうまいが単語や話し方が小学校止まり、中学校止まり、高校止まりで大人の言葉が身についていません。これは、何も英語に限らず自然言語を、その国にの外で外国人が完全に習得することは難しいからです。
 結論:英語ができなければメシが食べて行けない人だけが学べばよいのです。一般教養として外国語を学ぶ場合は、英語だけに限定する必要性は日本にありません。生物が多様化しているため絶滅しないように語学も多くの自然言語が存在することが必要です。
参考図書:鈴木孝夫(2000)「英語はいらない」PHP新書136 関邦博21k0106

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